典礼 家族葬の速報
住宅下地や建具は別として、ほとんど使い捨て型の用途であり、住宅下地材にしても、どうせ見えないところに使うのだから人工林針葉樹でよいではないかと言われれば、まさにそのとおりである。
なかでも悪名高いのがコンパネだ。
平均使用回数2.6回では使い捨て呼ばわりを免れない。
安くて軽くて加工しやすいという利便性が「現場ごとに」新たに調達する習慣を生み出していたのだが、ここまで熱帯林の危機が明らかになってくると、もうそんな習慣は許されない。
そこで、合板業界では、内部は針葉樹材を使い、表面に熱帯材単板を貼った複合合板や、針葉樹のみで作る合板を開発、5年以内に原木使用量の3割を針葉樹に転換する方針を決めた。
建築業界でも、コンパネにこの複合合板や針葉樹合板を採用するところが現われたし、コンパネを使わない工法をめざす開発研究も始まっているようだ。
また、マレーシアの森林管理は州政府の権限になっているが、89年、90年に3回にわたって地球環境の保全のために果たしている熱帯林の働きを考えると、その保護は地球的課題だと思える。
しかし、保護を訴えているのは日常生活を全面的に森に依存している熱帯林の先住民、声高に叫んでいるのは先進国(の環境派)であって、肝心の熱帯林資源を保有する当事国の姿勢は微妙に違うのである。
当事国のいくつかの声を拾ってみよう。
「アマゾンを人類のための国立公園にすることはできない。
サラワク州の現地調査を行なったITTO(国際熱帯木材機関)が「森林破壊とは言えないが過伐である」と指摘、年間伐採量の漸減を勧告したのを受けて、91年、同州は原木の総輸出量を当初計画より約15パーセント削減した。
うち約半量を輸入している日本も、同州と日本の輸入商社との話し合いにより同程度の比率で輸入量を削減することに合意した。
環境保全のために産地と輸入業者が輸入量削減に合意したのは世界でも初めてで、小さな一歩であることは認めたしかし、過大な期待はできない。
というのは、日本が輸入量を漸減し、やがてゼロにしたとしても、それは熱帯林保全にとっては「焼け石に水」程度のことだからだ。
「先進国には時計を逆転させたがっている人びとがいる。
その連中は、途上国が木を伐ること、換金作物を作ること、都市に住むこと、工場を建てること、道路を建設すること、電力を得ることをすべてやめさせようとしている。
途上国の多くの政策決定者が環境問題に強い疑念を抱いているのは、貧者にとって物質的改善が必要なことを北の環境論者は理解していないのではないかと思えるからだ」’89年9月、ガイアナ・ランファル英連邦事務局長。
「熱帯林の減少は主に木材の伐採搬出によるもので、ゆえに伐採を禁止すれば熱帯林が守られる、という見方は誤っている」89年9月、マレーシア・ITTO事務局長。
「自然資源である熱帯雨林の利用は途上国の開発に不可欠である。
熱帯雨林伐採反対運動は発展途上国の現状を無視した不当なもので、先進国の木材会社の支援を受けている」’89年9月、インドネシア・H林業相。
「(木材積み出し用クレーンにぶら下がるなどのパフォーマンスを演じて逮捕されたドイツの環境保護団体ロビン・ウッドに関して)熱帯雨林を守れと叫んで行なわれるこの種の行動は、白人たちの自己満足にすぎない」91年7月、マレーシア・M首相。
熱帯林保有国指導層の発言が意味するところはおわかりだろう。
これらの国は、なんとかして「近代化」を図りたいのだ。
そのためには開発が必要だと考えられているし、木材・木材製品の輸出は歳入の確保に不可欠なものである。
そして多くの場合、農耕地を拡大して食糧生産力を上げることも。
そういう「上からの近代化政策」を進める途上国が、内部に焼き畑農耕民やいまなお狩猟・採集で生きる森の民を抱えている。
いきおい、商業伐採、インフラ整備、入植計画が先住民の慣習的な権利を侵すこともある。
土地を追われた先住民は、別の場所で焼き畑を営まなければ餓死するしかない。
木材搬出のための道路がつけられた伐採跡地は、焼き畑代替地として手頃である。
いわば、一方にじわじわと近代に浸透されながらも続いている縄文晩期の暮らしがあり、かたや明治政府の近代国家建設のための政策がある、というようなものだ。
これが日本の関与が深い熱帯アジア多雨林の現実である。
アマゾン流域も似たようなものだが、ここには採鉱や牧場開設のための伐開というマイナス・インパクトも加わっている。
アフリカからは季節林やサバンナ林に比べ多雨林の情報はあまり届かないが、同じような事情だと思う。
その途上国政府に「ロクでもない近代化なんかやめなよ」とは言えないし、言っても通じるまい。
だとすると、先住民を支援するといったって、どうすることがほんとうに支援になるのか、にわかには答えられない。
考えてみると、いまだにアイヌを北海道旧土人として遇している非アイヌ系日本人にとって、これはもっとも不得意な領域ではないか。
誤解のないように付言しておくと、伝統的な焼き畑は、森林の回復を待たずに再々火を入れる「焼き払い農耕」になった近年のものと違い、おそらく河川氾濫原で次の洪水までと期間を限って営まれる農耕についで自然破壊の程度が低いものである。
熱帯林土壌は高温のため有機物の分解が早く、養分は速やかに植物に吸収されてしまって土壌はけっして肥沃ではない。
これを裸地にすると表土が流失し、植生の回復はなかなか望めない。
この脆い生態系で、広い裸地ができない程度に森を焼き、いくつかの作物を混作する。
数年後には耕作を放棄して焼き畑を別の場所に移し、耕作跡地に自然に森が回復するのを待つ。
人口に対して充分に広い森林がありさえすれば、エコロジカルといってよい農法なのだ。
しかしながら、この農法の生産性は低い。
歴史上、焼き畑農耕を基盤とする国家が一度も出現したことがないという事実を見ても明らかだが、マレーシアの社会人類学者イブリン・ホンが著書に引用しているいくつかの調査によると、10アール当たり陸稲収量が80〜100キログラム、土壌条件がよく例外的に病虫害が少ない場合で200キログラムである。
日本の水田の平年作が480キログラム前後であることとくらべていただきたい。
もちろん、焼き畑はコメ単作ではないし、周辺の森林や河川から採集・狩猟・漁携で得る食物もあるので自給経済は営める。
だが、貨幣経済の浸透には耐えられないだろう。
だからこそ政府は移動耕作をやめさせたいのだが、困ったことに常畑で営む熱帯農業の技術体系が確立されているとは言いがたい。
同じことは熱帯林の経営についても言える。
ある程度、というのがどの程度か定かでないが、熱帯林はいかにして死ぬ力木は伐らざるをえない。
この点を認めないのは、まさに「不当」である。
伐採をどんどん進めて伐り尽くしてしまわないためには、伐採跡地に人工的に森を回復させ、その森林を持続的に経営することによって、手つかずの森を少しでも広く残す方向が探られなければならない。
しかしこれは、計画はワンサとあり、少なからぬ試行も実施されているが、うまくいっているのはないと断定しても過言ではないくらいだ。
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